秋季例大祭(大祭り)

大字山階の全集落が氏神様である春日大明神を祀る盛大なお祭りです。

昭和30年頃までは10月18日、明治の改暦前は旧暦9月9日に行われていました。今では毎年10月の第1日曜日に開催され、獅子舞奉納神幸(神輿渡御)が行われています。

祭りの前夜には宵祭りが行われ、お神楽奉納が行われます。

6組の獅子舞奉納

秋季例大祭では次の6組が獅子舞を行います。

上小原カミコバラ向井ムカイ西村岡ニシムラオカ阿庄アショウ北山キタヤマ本村ホンムラ

獅子組の名称は集落名に基づくもので、それぞれの集落から獅子組が参加し、五穀豊穣・地域繁栄を祈願して獅子舞を奉納します。昔は吉原村の東碑殿や筆岡村の弘田(現在の善通寺市の一部)も参加していたらしく、今よりも更に盛大な祭りだったようです。

獅子の序列

獅子の序列は毎年変わります。大統(当番獅子)を1番として輪番制です。

2023年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 記念 山階獅子組
令和5年撮影。左から向井・西村岡・阿庄・北山・本村・上小原の順。

奉納場所と回数

獅子舞を奉納する場所と回数には決まりがあります。

拝殿前ハイデンマエ 2回
神社に着いた獅子組は社殿を時計回りに3周し、拝殿前の石畳の後ろと前で1回ずつ獅子舞を氏神様に奉納します。拝殿内では獅子舞奉納の合間で奉幣(ホウヘイ)式典が執り行われます。
2016年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 拝殿前 上小原獅子組
龍王宮リュウオウグウ 1回
拝殿の南西にある龍王宮は天霧山アマギリヤマの遥拝所。龍神様(りゅうごんさん)に獅子舞を奉納します。昔から雨の少ない香川県にとって、雨水の恵みはとても大切なものです。
2023年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 龍王宮 上小原獅子組
随神門鳥居ズイジンモントリイ 3回
奉幣式典の後、2基のお神輿ミコシが出てきます。準備が整えば神幸の始まり。これを傘揃えカサゾロエと呼びます。二の鳥居と注連柱シメバシラの間に6つの獅子組が序列に沿って並び、舞くらべをします。
2023年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 傘揃え 舞くらべ
神輿休ミコシヤスミ 1回
傘揃えが終わるとお神輿はお旅所タビショ(目的地)に向けて出発します。獅子組は導くように田畑に囲まれた道を練り歩き、神輿休と呼ばれる御神燈がある場所で獅子を遣います。
2023年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 神輿休 上小原獅子組
藤波池フジナミイケの北隅 1回
その後、お神輿は新池の土手を上ります。土手を上がると爽やかな秋風が幟や吹流しを美しくなびかせます。新池と藤波池の中堤を越え、藤波池の北の隅で獅子を遣います。
2016年 多度津町山階・藤波池 秋季例大祭 池まわり
藤波池の東南隅 1回
藤波池の土手を1周するようにお神輿は進み、池水口イケミナクチ(池の東南の水門付近)で獅子を遣います。ここは水位が低くなっているため、池に入って獅子を遣う獅子組もあります。
2016年 多度津町山階・藤波池 秋季例大祭 池まわり 上小原獅子組
若宮ワカミヤ 1回
藤波池の土手から下りたお神輿は、お旅所である若宮神社へと向かいます。若宮神社の祠の前で獅子舞を奉納し、供物をお供えします。ここで神様も獅子組もひと休みです。
2022年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 若宮
随神門の外 1回
休憩を挟んだ後、お神輿は参道を通り、社殿へと帰っていきます。これを舞い込みと呼びます。随神門と注連柱の間に6つの獅子組が順番に並び、獅子舞を奉納します。
2023年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 舞い込み 上小原獅子組
拝殿前 1回
拝殿前まで帰ってくると最後の獅子舞を奉納します。祭りの締め括りであり、その余韻によって長時間演舞されることもあります。奉納を終えた獅子組は各集落へと帰ります。
2023年 多度津町山階・春日神社 秋季例大祭 舞い込み 上小原獅子組

神幸シンコウ(神輿渡御)

2016年 多度津町山階・藤波池 秋季例大祭 池まわり

御霊移ミタマウツしによってお神輿に移されたご神体が、お旅所タビショ(目的地)を巡ることを神幸と呼びます。

山階の春日神社のお旅所は拝殿から約230m南にある若宮神社。神幸ではまっすぐお旅所に向かわず、周辺の田んぼ道や池の土手を巡ってから向かいます。神幸の総距離は約1.2kmです。

神幸の行列の順序は次の通りです。

獅子シシ猿田彦命サルタヒコノミコト金棒カナボウ薙刀ナギナタ天目テンモク鳥毛トリゲ先箱サキバコホコ錦旗キンキタテ小弓コユミ太刀タチ青木アオキ唐櫃カラビツ太鼓タイコ御幣ゴヘイ大神輿オオミコシ小神輿コミコシ神官シンカン・おトモ

古い史料に記載されている神幸の順序は「ダカ(鼻高天狗)・金棒・お箱・鳥毛・薙刀・鉾・幡・太刀・弓矢・青木・二体の神輿・神馬・太夫・氏子総代・有志」となっており、昔と今とで道具の種類や順序は変化しているのかもしれません。

参考史料

  • 四箇村史
    昭和32年(1957) 四箇村史編纂委員会/編 
    P805〜808