当屋とは?
当屋(頭屋)とはその年の祭りの世話役をする家のことです。輪番制で毎年変わります。上小原の氏子世帯は70戸ほどあるため、自分の家が当屋になるのは一生に一度あるかないかです。
上小原獅子組は祭りの3週間前になると、この当屋に獅子舞道具を運び入れ、ヨナラシ(獅子舞の稽古)をはじめます。そして祭り当日は当屋で獅子舞をしてから神社へと向かいます。
現在は氏子総代という役職があり、負担は少なくなりましたが、昔は当屋が神社での会食や神主の世話までしていたそうです。
注連下ろしと口明け
祭りの1週間ぐらい前に神社に注連縄を張ります。これを注連下ろしといいますが、この日のことを口明けとも呼ぶそうです。これは昔、祭りで使うお酒(どぶろく)を当屋の家で醸し、この日にその口をあけてみんなに呑ませたという習わしから来ています。
当組とは?
当組とはその年の祭りを担当する集落(組)のことです。当屋と同じように輪番制で毎年変わります。
上小原には「上」「小原」「東上」の3つの集落があるため、当組になるのは3年に1度です。当屋はその年の当組の中から選ばれます。
大統とは?
大統とはその年の祭りを執り仕切る集落のことです。輪番制で毎年変わり、大統がまわってくるのは6年に一度です。山階には6つの大きな集落があり、上小原はそのひとつにすぎません。広大な氏子地域を持つ春日神社ならではと言えます。
大統の獅子組は、大祭りだけでなく小祭りにも参加します。そしてさらに、4月第2日曜にある龍王祭や、7月第2日曜にある出雲祭など獅子舞を奉納する機会がたくさんあります。6年に1度しかないからこそ、獅子組にとって大統は特別なものです。
現在の大統は集落全体でその役割を担いますが、昔は当屋のことを指していたようです。そのため古い祭りの資料の中には、当屋ではなく統屋という表記もみられます。大統の当屋になった家を統屋と呼んだのかもしれません。
獅子組からすれば大統は6年に一度ですが、当組からすれば18年に一度、大統の当屋になるのは400年に一度あるかないかです。
大統と助統
昔は大統に加えて、それを補佐する助統という役割もあったそうです。そして大統や助統はダンゴクジで決めていたといいます。ダンゴクジとは紙を丸めてお盆の上を滑らせ、一番向こうの端になったのが大統で、その次が助統というような決め方だそうです。
今はクジではなく輪番制になったためその風習はなくなりましたが、昔は旧正月18日のお日待の時に決める習わしだったといいます。
参考史料
- 四箇村史
昭和32年(1957) 四箇村史編纂委員会/編
P806、807