獅子の前掛け

本記事は2022年11月9日に一部訂正しております。

この度、上小原獅子組では獅子頭の下に付ける前掛け(前垂れ)を新調しました。

下絵は「工房 蓮心」の絵師、髙木晶基氏に描いていただき、染めは高松市の「有限会社 大川原染色本舗」さんにお願いしたものです。

製作にかかった費用は獅子組有志による寄付で賄いました。

図柄「藤に燕」

獅子の油単や前掛けを新調するとき、伝統を重んじて前と同じ図柄にする獅子組もあります。しかし、上小原獅子組では図柄を一新しました。

現在使っている前掛けは赤地に波模様が描かれていましたが「藤に燕」に変えました。

上小原獅子組の油単には頭側に空を翔ける龍が描かれており、空に合わせるなら波よりも燕が良いのではないかとご提案いただきました。

「藤」は春日神社の花

藤の花

上小原獅子組が奉納している春日神社の神紋「下がり藤」は藤の花をモチーフにしています。

藤は繁殖力が強く、他の樹木に絡みながら蔓を伸ばしていくことから長寿や子孫繁栄を象徴する植物です。

また藤の房状の花は稲穂に見立てられ、豊作祈願のお花としても知られています。

「燕」は幸運を呼び込む鳥

燕

燕は家内安全、子孫繁栄、商売繁盛など縁起の良い鳥とされています。

燕は外敵から身を守るために人通りがあり穏やかで快適な環境にしか巣を作りません。そのため「燕の巣のある家は幸せ」と言い伝えられています。

また燕は害虫を食べて農作物を守ってくれる益鳥でもあります。田畑の多い山階地区にとっては五穀豊穣の象徴とも言えます。

山階 上小原

山階 上小原

前掛けの中心には獅子組名を入れました。

燕が見ている方向に「山階 上小原」があります。

「山階」は法被の衿字に使っている書体に合わせてもらいました。

図柄が決まるまで

前掛けの題材が「藤に燕」に決まった後も、獅子組の方で検討を重ねました。

下書き

これは最初に「工房 蓮心」にて描いていただいた下絵です。

配置や配色の検討

その後、上小原獅子組の方で画像加工アプリを使って図柄の配置や配色を検討していきました。以下は検討中にお蔵入りになった案です。

下絵完成

最終的には通話アプリの投票機能などを使って図柄を獅子組メンバーの間で決定し、その内容を伝えました。以下は最終的に「工房 蓮心」で仕上げていただいた下絵です。

縮緬と金加工

上小原獅子組 獅子の前掛け 生地と加工

前掛けの生地は縮緬チリメンでシワになりにくくなっています。絹なのでしなやかで発色も良いです。赤地の色は油単の色と合わせてもらいました。

藤の花の蜜標には金加工が施されています。最近はこのような金銀加工をする獅子組が増えてきているようです。

獅子頭に紐で取り付ける穴は破れないようにハトメ加工が施されています。

讃岐のり染

前掛けは「讃岐のり染」と呼ばれる香川県独自の染色技法によって染められています。讃岐のり染は香川県の伝統的工芸品にも指定され、大川原染色本舗の染物職人である大川原氏は県から伝統工芸士にも認定されています。

讃岐のり染
江戸後期に創業したといわれる。のり染は、もち米で作った防染のための糊を筒描きや型紙により紋様状に布地に置き、藍がめにつけたり、刷毛で引染めして染め上げるもので、その製品は、婚礼や祭りなど庶民の生活の場で古くから愛用されてきた。

『全国伝統的工芸品総覧 平成18年度版』 P279より引用

鮮やかで味わい深い染め物

讃岐のり染の特徴は原色に近い色を使った鮮やかな配色。この派手な配色は香川県の祭りで獅子組同士が派手さを競い合う文化から生まれたものです。

彩度の高い色を並べると目がチカチカしそうですが、色と色の間に白い線が入ることで見事に調和しています。

この白い線は染める時に隣の色と混ざらないようにするために置いた糊の跡。糊を置いて染める手法は友禅染などにも見られ、友禅染の場合は糸のように細く糊を置くことから糸目糊イトメノリとも呼ばれています。

友禅染の糸目が繊細で一定幅であるのに対し、讃岐のり染の糸目は毛糸のように太めで柔らかさがあります。その違いが友禅染めよりも温かく味わい深い印象を与えているのかもしれません。

世界にひとつだけの染め物

のり染めは、型紙の上から糊をハケで摺り込む「型置き」と糊を筒に入れて絞り出しながら描く「筒描き」に分けられます。

型置きの方が大量生産に向いているため発展しがちですが、香川県では筒描きの需要が大きく、時代に合わせて様々な図柄の染め物が生まれました。それを支えていたのは自由に生き生きとした線を描くためのであり、その調合はまさに秘伝で、代々に渡って研究を重ねて作られたものだそうです。

そしてこの糊の置き方で染めの出来が決まると言います。熟練の職人さんが自由かつ大胆に描く筒描きの染め物は一点物。まさに世界にひとつだけの染め物です。

実りへの感謝

讃岐のり染の糊は小麦粉やタイ米などでは作れず、日本の水田で育ったもち米でなければいけないそうです。

特に大川原染色本舗さんは香川県産のもち米で糊を作ることにこだわっておられます。地元で穫れたお米で糊を作ることは実りへの感謝であり文化です。

そしてその糊で染め上げられた油単や前掛けで獅子舞奉納をすることもまた、収穫の恵みを神様に感謝することに繋がっています。

讃岐のり染の工程

精練
生地に付着している油分などを落として染まりやすくします。生地のしたねり、生地の油抜きなどとも呼ばれています。
下絵
描く図柄を準備して生地の下に敷きます。シワにならないよう伸子(布幅を一定に保つ道具)に張ります。
のり置き
下絵に沿って表布に糊筒で糊を置いていきます。糊筒とは和紙を貼りあわせて柿渋を塗り重ね、円錐の形にして先端に真鍮製の口金をつけたもの。筒先の形状によって平筒、丸筒、細筒など種類があります。
糊はもち米に塩や石灰などを混ぜたもので、冬に寝かせた1年前のものを使うようです。糊を置いたら3日ほど乾燥させます。
色差し
様々な種類のハケを使って表布に色を差していきます。色差しの前に染料のにじみ止めとして豆汁(大豆の生汁)を塗ったりもするようです。
乾燥・蒸し
色差しは自然乾燥させながら行われます。染料を生地に定着させ発色を良くするために高温で蒸したりもするようです。
水洗い
糊や余分な染料を水で洗い落とします。
干し
天気の良い日に外で干します。
縫製
製品として縫い上げます。大きなものは分けて染め、最後に図柄が合うように縫い合わせるようです。

印刷にはない染めの良さ

讃岐のり染は工程が多く、すべて手作業になるため時間を要します。印刷の方がはるかに簡単です。しかし印刷には真似できない風合いが讃岐のり染にはあります。

その価値はアメリカをはじめとする海外にも認められ、高く評価されています。

参考史料

  • この道・この人
    昭和54年(1979) 荒木計雄/著 


    P24〜32
  • 香川県の諸職
    平成元年(1989) 瀬戸内海歴史民俗資料館/編 


    P182
  • 全国伝統的工芸品総覧 平成18年度版
    平成19年(2007) 伝統的工芸品産業振興協会/編 


    P279
  • IKUNAS vol.8
    平成21年(2009) 株式会社 tao./著 


    P4〜13

現在使っている前掛け

こちらは現在使っている前掛け。今から8年前、平成26年(2014)に油単と合わせて作ったもので、まだ使えます。

神社の獅子舞奉納で使う機会は減りそうですが、道具出しヘンド、ヨナラシ(獅子舞の稽古)などで使っていく予定です。

前掛けの長さ

上小原獅子組 獅子の前掛け 長さ比較

新しい前掛けは長さを6cmほど短くしました。

今の前掛けは 幅35cm × 長さ68cm。
新しい前掛けは 幅35cm × 長さ62cmです。

上小原獅子組の舞の基本は獅子頭を低い位置で保つことにあります。前掛けが長いと、地面で引きずったり絡まったりすることがありました。そこで長さを短くしてより舞いやすくしました。

新しい前掛けは現在製作中の獅子頭が完成次第、お披露目予定です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です