獅子の意味
もうすぐ4月4日(獅子の日)ということで、今回は「獅子」という言葉の意味や由来についてご紹介します。
獅子とは
獅子とはライオンのことで古代中国から伝わった言葉です。
日本には遅くとも7世紀ごろ、飛鳥時代には朝鮮半島経由で伝わっていたようです。
しかし、その時に伝わっていたのは動物のライオンではなく、伎楽(古代の演劇)で使う獅子頭(仮面)や獅子像(彫刻)でした。これらは仏教に関わるもので、獅子は百獣の王のイメージとともに魔を払う霊獣として扱われました。
やがて伎楽の獅子は獅子舞として、獅子像は寺社の狛犬として日本に広まりました。
獅子が伝わる前の日本では猪や鹿などを「シシ」と呼んでいました。そのため獅子は唐(当時の中国)のシシ「唐獅子」として区別されました。
動物のライオンが初めて日本に来たのは慶応2年(1866)とされています。それまでライオンを見たことがなかった日本人にとって獅子は霊獣(架空の生物)そのものでした。
明治以降、獅子は実在する動物として認識されるようになります。しかし動物の場合は、西洋由来の外来語「ライオン」を使うことが多くなっていきました。
そのため現代の日本では、獅子といえば動物のライオンよりも獅子頭や獅子像などに見られる「霊獣」を指す場合が多く見られます。
獅子の語源
中国語では「獅」だけでライオンを意味します。
そしてこの「獅」の語源には次の2つの説があるようです。
- サンスクリット語の「simha(シムハ)」の
第1音節 si(シ)を音訳したもの - 古代イラン語の「ser」を音訳したもの
「simha」と「ser」どちらもライオンを指します。つまり「獅」はライオンを指す言葉を中国語(漢字)に翻訳したもの。古代中国にライオンはいなかったため、実際にライオンがいた国からその発音とともに輸入された言葉なのです。
サンスクリット語は古代インドの言語で、古代イラン語は西アジアで広く使われていた言語です。これらの地域ではライオンが生息していました。(インドでは現在もわずかにいるようです。)
また古代インドは仏教発祥の地であり、西アジアを経由して、古代中国に仏教をもたらしました。ライオンは仏の守護獣であり、獅子という言葉の成り立ちには仏教が深く関係していると考えられます。
獅子の「子」
「獅」はライオンだとして、「子」は何でしょうか?
ライオンの子ども? いいえ、そうではありません。
獅子の「子」は中国語の接尾語です。語感を整えるだけのもので、意味はありません。
普段使っている言葉にも似たようなものがあります。「菓子」「帽子」「冊子」などがそうです。
獅子と師子
あまり知られていませんが、獅子は「師子」とも書きます。
実は獅子と表記するようになったのはあとからで、それまでは「師子」の方が一般的でした。
「師」という字には「教師」や「技師」といった言葉に見られるように「人を教え導く人」や「特別な力をもった人」という意味があります。
犭(けものへん)をつけるようになったことで獅子が獣であると印象づけられるようになりましたが、本来の獅子(師子)は獣というよりも、仏教を教え広めるための力の象徴という意味合いが強かったのかもしれません。
ライオンの語源
余談ですが「ライオン」の語源は、ラテン語の「leo(レオ)」や古代ギリシア語の「leon(レオン)」だとされています。これは「獅子」という言葉が西洋由来ではないことを示しています。
獅子はいつからある言葉?
師子(獅子)はいつごろ生まれた言葉なのでしょうか?
獅子の歴史
調べた限り最も古い記録は古代中国の歴史書「漢書」でした。
漢書の成立時期からすると、1世紀ごろには既に「師子」という言葉が使われていたということになります。
漢書には次のように記されています。
鉅象 師子 猛犬 大雀之羣食於外囿
漢書 巻96下(西域傳 第66下)より引用
これは前漢の最盛期、武帝(BC141〜BC87)の記録。
紀元前2世紀ごろの古代中国の皇帝は庭でライオンを飼っていたようです。長安に上林苑という大きな庭をつくり、そこで象、師子、猛犬、大雀(ダチョウ)の群れなどを飼育していたと記されています。
さらに、成帝(BC33~BC7)の記録には次のようなものがあります。
烏弋地・・・而有桃拔 師子 犀牛
漢書 巻96上(西域傳 第66上)より引用
孟康曰・・・師子似虎 正黃有䫇耏 尾端茸毛大如斗
師古曰 師子即爾雅所謂狻猊也・・・
俗重妄殺
これを訳すと次のようになります。
- 烏弋地(今のアフガニスタン南部)は・・・桃拔(鹿のような獣)・師子・犀牛(サイ)がいる。
- 孟康(魏の学者)によると「・・・師子は虎に似ていて、黄色くたてがみがあり、尾の先のふさ状の毛は斗(約2ℓの器)ぐらい大きい。」
- 顔師古(唐の学者)によると「師子は爾雅(辞書)でいうところの狻猊である。・・・」
- 習俗としてみだりに殺すことをはばかる。
当時の西アジアにライオンが生息していたことが分かります。ライオンはこの地から長安まで運ばれていたのでしょう。
また古代中国にはライオンを意味する「狻猊」という言葉が師子よりも前からあったようです。
爾雅は古代中国最古の辞書で紀元前200年ごろに成立したとされています。この頃にまだ師子という言葉がなかったとしたら、「師子」が生まれたのは紀元前2世紀から1世紀の間と推測できます。
これは古代中国に仏教が伝わったとされる時期でもあります。殺生をしない習俗も仏教の影響でしょう。
サンスクリット語で記された仏教の経典(お経)が漢訳されるのはずっと後のことですが、「師子」は仏教の伝来とともに前漢の時代からあったのかもしれません。
獅子とシルクロード
紀元前2世紀の古代中国がライオンを入手できたのは、シルクロード交易によるものと考えられます。その後の時代にも西アジアの諸国が使者を派遣して師子(ライオン)を献上したことが古代中国の歴史書「後漢書」には記されています。
例えば、章和元年(87)には月氏国(今のアフガニスタン北部)や安息国(古代イラン)が扶拔(鹿のような獣)とともに献上しています。
章和元年・・・月氏國遣使獻扶拔 師子
後漢書 巻3(粛宗孝章帝紀)より引用
安息國遣使獻師子 扶拔
後漢書 巻4(孝和孝殤帝紀)より引用
初 月氏・・・是歲貢奉珍寶 符拔 師子
後漢書 巻77(列傳 第37)より引用
條支國・・・出師子 犀牛 封牛 孔雀 大雀・・・
後漢書 巻118(西域傳 第78)より引用
安息國・・・章帝章和元年 遣使獻師子 符拔
條支国(今のシリア)は師子を交易品としていたことも記されています。
そして、永元13年(101)には再び安息国(古代イラン)が條支国産の大爵(ダチョウ)とともに献上しています。
永元・・・十三年・・・安息國遣使獻師子及條枝大爵
後漢書 巻4(孝和孝殤帝紀)より引用
謹遣子勇隨獻物入塞
後漢書 巻77(列傳 第37)より引用
東觀記曰 時安息遣使獻大爵 師子・・・
安息國・・・和帝永元・・・十三年 安息王滿屈復獻師子及條支大鳥
後漢書 巻118(西域傳 第78)より引用
さらに、陽嘉2年(133)には疏勒国(今の新疆ウイグル自治区カシュガル地区)も封牛(コブウシ)とともに献上しています。
陽嘉・・・二年・・・疏勒國獻師子封牛
後漢書 巻6(孝順孝沖孝質帝紀)より引用
疏勒國・・・陽嘉二年 臣磐復獻師子封牛
後漢書 巻118(西域傳 第78)より引用
また、後漢書には大秦国(古代ローマ)のことも記されています。ローマへの道中には虎や獅子がいて旅人を遮って危害を与えるので、100人以上で武器を持ってなければ食われてしまうと記されています。
大秦國・・・而道多猛虎 師子 遮害行旅 不百餘人 齎兵器 輒為所食
後漢書 巻118(西域傳 第78)より引用
今はアフリカとインドの一部にしか生息しないライオンですが、この頃はヨーロッパ南部や西アジアにも生息していたことが分かります。
しかし古代中国にライオンはいなかったため、貴重な動物としてシルクロードの交易品となり珍重されていたのでしょう。
獅子の発音
日本語では獅子は「シシ」と発音しますが、
中国語では「シーツー」と発音します。
同じものなのに発音が違うのは、時代や地域によって発音が変化しているから。「子」を「シ」と発音するのは呉音や漢音という古い音読みで、日本に伝わった時期が古いことを示しています。
余談ですが、それよりも後に日本に伝わった言葉もあります。
中国原産の犬「シーズー」
シーズーは中国・清の時代に獅子狗(シーツーコウ)と呼ばれていた犬がイギリス経由で日本に伝わったものです。
もとはチベットの寺院から贈られた魔除けの犬を交配させて生まれた犬で、宮廷や貴人達しか飼うことを許されなかったようです。
獅子が仏教と結びつくものであり、高貴な存在であったことがうかがえます。
沖縄の守り神「シーサー」
中国の近くに位置する沖縄は中国と独自の国交があり、シーサーは15世紀に中国から伝わったものとされています。
シーサーの語源は諸説あり、獅(シー)に敬称(さん)をつけた「シーさん」が訛ったという説や、中国語で「ライオンの石像」を意味する「石獅(シーシー)」からきているという説があるようです。
まとめ
長くなったので最後にまとめておきます。
獅子の意味
- 動物のライオン
- 魔を払う霊獣(架空の生物)
獅子の由来
- 本来の表記は「師子」
- 日本には飛鳥時代からある
- 紀元前2世紀~1世紀ごろの古代中国発祥
- もとは古代のインドや西アジアのライオン
- 仏教とともにアジア各国に伝わった
- シルクロード交易品として重宝された
- 時代関係なく、多くの文化に影響を与えた
これらは独自研究によるもので、事実と異なる点があるかもしれません。もし誤りがございましたら、ご指摘いただけると幸いです。
参考史料
- 漢書 下巻
昭和54年(1979) 班固/著、小竹武夫/訳
P341、358、557 - 中国文化伝来事典
平成5年(1993) 寺尾善雄/著
P75,76 - 全譯後漢書 第1册
平成13年(2001)
范曄/著、渡邉義浩,岡本秀夫,池田雅典/訳
P354〜359、363〜370、407〜410 - 全譯後漢書 第2册
平成16年(2004)
范曄/著、渡邉義浩,岡本秀夫,池田雅典/訳
P116〜120 - 全譯後漢書 第14册
平成17年(2005)
范曄/著、渡邉義浩,岡本秀夫,池田雅典/訳
P458〜460、466〜468 - 新明解語源辞典
平成23年(2011) 小松寿雄,鈴木英夫/編
P448 - 全譯後漢書 第18册
平成28年(2016)
范曄/著、渡邉義浩,岡本秀夫,池田雅典/訳
P613〜620、636〜639 - コトバンク「獅子・師子」
https://kotobank.jp/word/獅子・師子-281339 - コトバンク「獅子」
https://kotobank.jp/word/獅子-518979
初めまして。
わたしは、卯年生まれなので、文殊菩薩について調べていました。
獅子に乗っていると、文献に書いてあったのですが、獅子とは?
と、いう事で検索したら、こちらのサイトを見つけました。
とても、詳しくて分かりやすい文章でした。
ありがとうございました。
コメントありがとうございます。