信西古楽図(基礎編)

信西古楽図(師子舞)

上記は『信西古楽図シンゼイコガクズ』の一部。これから5回に渡り、この図から日本の獅子舞の起源を探っていきます。


第1回目は「基礎編」です。信西古楽図とはどんな図なのでしょうか。

信西古楽図とは?

信西古楽図 巻頭(日本古典全集)
『信西古楽図』 巻頭

信西古楽図は古代の芸能の様子を記した全1巻の絵巻物。大陸から日本に伝わった芸能を知ることができる貴重な史料です。内容は楽器、楽舞、雑技など多岐に渡り、その中に獅子舞図もあります。

原本の在処は不明。現存しているものは江戸時代の考古学者である藤原貞幹フジワラサダモト宝暦5年(1755)に模写したものをさらに写したものです。巻頭に貞幹の名が記されていますが、その下の印が筆で書かれていることから写本であることがわかります。

近世には盛んに模写されており、現存している最古の写本は京都の陽明文庫にあるようです。

原作者と名称

信西古楽図の原作者は不明です。

信西古楽図という名称も通称に過ぎず、平安時代の僧侶である信西入道(藤原通憲フジワラノミチノリの本の内容が巻末に追記されていることからそう呼ばれています。

巻中に「以少納言入道本 信西 追加入之別記」と記され、数点の図が追記されています。

そのため「信西入道古楽図」と呼ばれることもあります。

信西古楽図 追記(日本古典全集)

また巻頭に「儛圖 樂書成集」とあることから儛図ブズと呼ばれることもありますが、これは模写をした貞幹がつけた名称です。貞幹が残した解説書『好古小録』によると、模写前の巻物は『唐儛畫』だったようです。唐(古代中国)の舞の画(絵)という意味です。

成立時期

信西古楽図 巻末(日本古典全集)
『信西古楽図』 巻末

信西古楽図は成立時期も不明です。

巻末に宝徳元年(1449)とあることから、室町時代に成立していたことは明確ですが、模写をした貞幹は次のように記録を残しています。

唐儛畫  一巻
敎訓鈔及續敎訓鈔ニ戴スル所ノ唐舞繪ナル者也
樂儛圖中ノ至寶也

好古小録』より引用

貞幹は図のことを「教訓抄や続教訓抄にある唐の舞絵というもので、楽舞図の中の至宝」と評価しています。『教訓抄』や『続教訓抄』は鎌倉時代に成立した音楽書です。これらの文献と比べてみると、信西古楽図が唐の絵を元にして記されたものであり、とても古いことがわかります。例をいくつか挙げてみます。

信西古楽図 皇帝破陣楽(日本古典全集)

皇帝破陣楽オウダイハジンラクという楽舞は日本では帯刀していませんでした。しかし『続教訓抄』には唐の絵では帯刀していると記されており、図にはその様子が記されています。

「破陣楽」という名称からも明らかに武の舞であり、この図は本来の楽舞の姿を記していると考えられています。

信西古楽図 柳花苑(日本古典全集)

柳花苑リュウカエンは日本では曲のみで、舞が伝わっていません。

しかし『教訓抄』には昔に舞があったと記されており、平安時代中期の『源氏物語』には男舞として記されているようです。

図には平安時代の和装には見えない女舞の姿が記されており、より古い舞であることがわかります。

信西古楽図 弄槍(日本古典全集)

弄槍ロウソウは日本では廃絶した楽舞です。

これも『教訓抄』に昔に舞があったと記されており、図は絶えて描けないはずの舞を記しています。

また『続教訓抄』には唐の絵では4人で舞うことが記されており、図とも一致しています。

大陸から日本に伝わった楽舞は当初はそのままの型で演じられていたとされています。しかし平安時代なると大陸伝来の楽舞は舞楽ブガクとして再編され、日本独自の楽舞へと変化していきました。

信西古楽図は舞楽として再編される前の原型をとどめていることから、少なくとも平安時代初期には存在し、唐の時代(7〜9世紀ごろ)を記していると考えられています。

日本ではなく唐の宮廷の様子を記しているという説もあります。それを裏付けるように図には各所に唐の歴史書などから引用した解説文も追記されています。

原本が唐と日本のどちらで作られたのかは不明ですが、日本に現存する最古の楽舞図とされています。

信西古楽図 一覧

信西古楽図に記されたすべての図を紹介します。

獅子舞の他にも貴重な図がたくさんあります。例えば、猿楽通金輪散楽サンガク(雑技)と猿楽サルガクとの関係性を示す図です。この猿楽はやがて能や狂言になり、歌舞伎になり、現代の芸能に繋がっています。エンタメの原点とも言える平安時代以前の芸能をぜひご覧ください。

なお巻物は右から左に記されているため、スライドの流れる方向と逆になっております。ご注意ください。

上記は内容が省略されていないとされている東京藝術大学大学美術館さんが所蔵している図です。


画像は日本古典全集としてインターネット公開されている画像を結合しています。各図の名称に関しては他の写本も参照しています。

次回は、第2回 信西古楽図(獅子舞 演舞編)です。

参考史料

「信西古楽図」記事一覧

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