信西古楽図(獅子舞 完結編)
前回の信西古楽図(獅子舞 舞楽編)では蘇芳菲など舞楽の獅子舞をご紹介しました。
第5回目の最終回は上記の獅子舞図を見ていきます。
最後の獅子舞図
上記は信西古楽図の最後に記されている獅子舞図です。信西入道の本から追記された図のため、本編とは異なる時代に記したものかもしれません。図の特徴からこの図を蘇芳菲とする説もあります。
本編の獅子舞図との違い
本編の獅子舞図との相違点を挙げてみます。
獅子の油単
本編の獅子は全身に毛を生やした縫いぐるみのようでしたが、この図の獅子は毛のない布のようなものを被っています。
その布は股下の服の色と統一されておらず、香川県でよく見られる獅子の油単とよく似ています。
鹿のような角と耳
本編の獅子は頭に角はなく、耳に毛を生やしていましたが、この図の獅子は頭に枝分かれした角があり、耳に毛はなく先が尖っています。
角が1本で牙があることを除けば、鹿のように見えます。
獣に扮して戯れる人
本編の獅子は獅子以外に仮装する人は見当たりませんが、この図には獣の仮装をして戯れる人が記されています。
獣の顔つきや尾が短いところは猪のように見えます。
風流系の獅子舞との融合?
信西古楽図に記されているのは大陸由来の芸能とされています。
しかしこの図に関しては日本らしさを感じます。
日本では古来より猪や鹿など四つ足の獣を「シシ」と呼び、東日本では鹿踊りなどの風流系の獅子舞が多く見られます。そうした「シシ舞」の中に、大陸からライオン由来の獅子舞が入ってきたことで影響を受けたことをこの獅子舞図は示しているのではないでしょうか。
日本では鹿島神宮や春日大社をはじめ、鹿を神の使いとする神社がたくさんあります。護王神社のように猪を眷属とする神社もありますが、猪は鹿と比べて田畑を荒らす害獣の印象があります。ライオンと鹿を合わせた霊獣を生み出し、田畑を荒らす猪を追い払う舞によって豊作を祈願していたのかもしれません。
もしこの図を蘇芳菲とすると、本編の図は本来の蘇芳菲の姿であり、この図はそれを進化させた日本独自の蘇芳菲の姿と推測できます。
日本人は外来の何かを自分たちに合うようにアレンジして新しいものを生み出す技術に長けています。それは獅子舞も例外ではなく、伎楽や舞楽など大陸由来の獅子舞を日本各地の風土に合うよう進化させてきた結果が、日本の多種多様な獅子舞文化に繋がっているのではないでしょうか。
讃岐の獅子舞との共通点
ここまで信西古楽図を軸として古代の獅子舞の起源を探ってきました。獅子舞は由来のわかる芸能としては日本最古。1400年以上の歴史があります。それでもなお当時の痕跡を現代に残しています。
古代の獅子舞と讃岐の獅子舞の共通点をまとめてみます。
神輿を先導する天狗と獅子
伎楽の行道や舞楽の行幸(天皇や貴族の外出)の時に見られた一種のパレードは香川県の祭りではよく見られる光景です。
鼻高の天狗や獅子が神輿行列を先導します。
獅子をあやす子ども役
太鼓打ち(タイコブチ)や曲打ち(キョウクチ)という子どもたちが舞(芸)で獅子をあやします。人数も伎楽の師子児と同じで2名であることが多いです。
顔に白粉を塗ることがありますが、それは伎楽面(師子児の仮面)の痕跡とも考えられます。
太鼓・鉦・笛・拍子
古代の獅子舞の楽器構成を簡潔にまとめると「太鼓・鉦・笛・拍子」。これは香川県の獅子舞でも見られる構成です。
しかし現在は笛や拍子がない組も多いです。拍子は手拍子や拍子木を使う組があります。
香川県の獅子舞は舞楽のように舞台上で演舞するのではなく、神幸(神輿渡御)に付き従うことが多いため、伎楽の影響を受けていると感じます。大きな太鼓は移動には不向きですが、櫓や太鼓台を使ったり、カン(金属製の輪)や竹竿を通したりして、持ち運びながら伴奏しています。
二頭獅子舞
香川県には「二頭獅子舞」という獅子舞もあります。仁尾町の家浦二頭獅子舞、三野町の吉津夫婦獅子舞、綾川町の綾南の親子獅子舞などが有名です。
2頭の関係性はさまざまですが、獅子が並んで舞うのは、左舞と右舞に分かれていた舞楽の獅子舞の影響を受けているのかもしれません。
讃岐の獅子舞の起源
香川県には800もの獅子舞があるとされていますが、あまりにも多種多様で起源のわからないものがほとんどです。ただ口伝で受け継がれるようなわずかな情報から仮説を立てることはできます。
例えば、香川県の獅子舞の流儀や演目のひとつに「ミタチ」というものがあります。その由来は多度津町の見立地区にあるようです。見立は古くは「御館」と書き、地区の中には「唐戸」という唐と関連した小地名もあります。周辺には古墳も多数見つかっています。古くから大陸と独自の交流があったのかもしれません。
もしお近くに獅子舞があれば、ぜひその起源を調べてみてください。
まとめ
最後に記事(全5回分)の要点をまとめておきます。
信西古楽図
- 大陸由来の芸能を記した絵巻物の写本
- 原作者不明だが、信西入道が関与している
- 平安時代以前に記された日本最古の楽舞図
- 日本でなく唐の宮廷を記している説もある
- 唐の文献を引用して解説文を追記している
信西古楽図の獅子舞
- 仏教や古代中国の思想を反映している
- 獅子舞には曲と歌(歌詞)があった
- 亀茲楽や古代中国の俗楽の影響がある
- 鼓楽器を中心とする楽器構成
- 伎楽の師子と起源は同じだが別系統
- 舞楽の獅子舞の原型と思われる
- 舞楽の獅子舞は伎楽の影響で変化した
- 平安時代には数種類の獅子舞があった
- 獅子舞は神社の狛犬像と関連がある
- 複数の文化の影響により多種多様化した
- 古代の獅子舞の痕跡が現代にもある
内容には一部推測も含まれております。誤りやご意見・ご質問などございましたらコメントいただけますと幸いです。
参考史料
- 信西古楽図(日本古典全集)
昭和2年(1927) 正宗敦夫/編 - 日本仮面史
昭和18年(1943) 野間清六/著
P153〜156
「信西古楽図」記事一覧
- 第1回 信西古楽図(基礎編)
- 第2回 信西古楽図(獅子舞 演舞編)
- 第3回 信西古楽図(獅子舞 楽人編)
- 第4回 信西古楽図(獅子舞 舞楽編)
- 第5回 信西古楽図(獅子舞 完結編)